- 世界最大級の船舶墓場:チッタゴン船舶解体ヤード
- 船舶解体ヤードの地理的な位置
- 歴史:偶然から生まれた産業
- なぜチッタゴンなのか?
- 深刻な問題点:人権と環境への代償
- 変化の兆し:より持続可能な未来へ
- 結論
世界最大級の船舶墓場:チッタゴン船舶解体ヤード
バングラデシュのチッタゴンに位置するチッタゴン船舶解体ヤード(Chittagong Ship Breaking Yard)は、かつて世界最大の船舶解体場でした(近年はインドのアランに次ぐ規模)。20キロメートルに及ぶ海岸線に、かつては数百隻もの巨大な船が解体されるためひしめき合っていましたが、近年はヤードの数は減少しています。しかし、今なお世界の船舶解体の重要な役割を担い、その歴史と問題点は世界的な注目を集めています。
船舶解体ヤードの地理的な位置
チッタゴン船舶解体ヤードは、バングラデシュ南東部の港湾都市チッタゴンの北西郊外、シタクンダ(Sitakunda)地区に位置しています。より具体的には、ベンガル湾に面した海岸線に沿って約20km(以前は18kmと言われていましたが、範囲が広がったとされています) に渡って広がっています。
詳細な位置情報:
都市: チッタゴン(Chittagong / Chittagram)
地区: シタクンダ(Sitakunda Upazila)
沿岸: ベンガル湾(Bay of Bengal)
範囲: 約20kmの海岸線
座標: おおよそ 北緯22度25分、東経91度40分 付近
歴史:偶然から生まれた産業
チッタゴンにおける船舶解体の歴史は、偶然の出来事から始まりました。1960年、強力な嵐によってギリシャ船「MD アルピニスト」がチッタゴン近郊のシタクンダ海岸に座礁しました。この船を引き上げることは困難とされ、数年間放置された後、1965年にチッタゴンスチールハウスがこの船を購入し、解体を試みました。多大な労力と時間を要しましたが、解体は成功し、鉄鋼などの資材が回収されました。これがチッタゴンにおける船舶解体産業の始まりです。
1971年のバングラデシュ独立戦争で多数の船舶が損傷し、沈没しました。独立後、これらの船舶の解体が急務となり、チッタゴンに解体ヤードが次々と設立されました。バングラデシュ政府は、この新興産業を支援し、外貨獲得と国内の鉄鋼需要を満たす手段と見なしました。1980年代から1990年代にかけて、チッタゴン船舶解体ヤードは急速に成長し、最盛期には世界の船舶解体の半分以上を担うまでになりました。
なぜチッタゴンなのか?
チッタゴンが世界的な船舶解体の一大拠点となった理由は、いくつかの要因が重なった結果です。
地理的要因: チッタゴンには、18キロメートルにも及ぶ緩やかな傾斜の砂浜海岸が広がっています。この遠浅の海岸は、満潮時に大型船を浜辺に乗り上げさせ、干潮時に解体作業を行うのに理想的な環境を提供しました。
労働力: バングラデシュは人口密度が高く、貧困層が多い国です。チッタゴンには、低賃金で危険な労働に従事する労働者が豊富にいました。
低いコスト: 土地の取得費用や労働コストが安価であることに加え、環境規制や安全基準が緩かったため、他の国に比べて圧倒的に低いコストで船舶解体を行うことができました。
鉄鋼需要: バングラデシュ国内では、建設業や製造業の発展に伴い、鉄鋼需要が急速に増加していました。解体された船舶から回収される鉄鋼は、貴重な資源として国内市場で高い需要がありました。
深刻な問題点:人権と環境への代償
チッタゴン船舶解体ヤードは、バングラデシュ経済に貢献してきた一方で、深刻な問題点を抱えています。
危険な労働環境: 労働者は、安全装備が不十分なまま、高所からの落下、爆発、有毒物質への暴露など、極めて危険な環境で働いています。事故による死傷者は後を絶たず、国際労働機関(ILO)はチッタゴン船舶解体業を「世界で最も危険な仕事の一つ」と指摘しています。
低賃金と搾取: 労働者の多くは、低賃金で長時間労働を強いられています。また、労働組合の結成が妨げられるなど、労働者の権利が十分に保障されていないケースが多く見られます。
環境汚染: 解体作業に伴い、アスベスト、PCB、重金属、油などの有害物質が海や土壌に放出され、深刻な環境汚染を引き起こしています。これらの汚染物質は、周辺住民の健康被害や生態系への悪影響をもたらしています。
児童労働: 違法であるにもかかわらず、児童が解体作業に従事していることが報告されています。
変化の兆し:より持続可能な未来へ
近年、国際的な批判の高まりを受け、バングラデシュ政府は船舶解体業の改善に取り組んでいます。2018年には、船舶解体及びリサイクル法が制定され、労働者の安全基準や環境基準が強化されました。また、香港条約(船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約)の批准に向けた取り組みも進められています。
一部の解体ヤードでは、安全装備の導入、労働環境の改善、環境汚染対策への投資など、自主的な取り組みも始まっています。国際的なNGOや労働組合は、バングラデシュ政府や解体ヤードに対して、さらなる改善を求めて活動を続けています。
結論
チッタゴン船舶解体ヤードは、バングラデシュ経済において重要な役割を果たしてきましたが、その発展は労働者の犠牲と環境破壊の上に成り立ってきました。今、チッタゴン船舶解体業は大きな転換期を迎えています。持続可能で、労働者と環境に配慮した産業へと生まれ変わるためには、政府、企業、国際社会が協力して、問題解決に取り組んでいくことが不可欠です。チッタゴンの未来は、この課題にどのように向き合うかにかかっていると言えるでしょう。